ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン(1889〜1951)。
ヴじゃなくて、ウィトゲンシュタインなんていわれたりもする。
ドイツ語表記だとWittgensteinなので正しいのはウィ?
ドイツ語の発音分からない。

でもヴィトのほうがメジャーぽいのでヴィトでいきます。
名前長いので、呼称も主に「ヴィト」を使います。

ヴィトゲンシュタインというとこれまた、現代哲学のビッグネーム。

ハイデガーと同じく、前期と後期があって、それぞれでかなり
主張が違うのだとか。これははじめての哲学史でも大きく扱って
あるので、昭和堂→はじめての哲学史という順番でいきます。

「90分でわかるヴィトゲンシュタイン」も読んだことあるけども
かなり気性の激しい人だったようですね。気難しい人だったとか。
ただやはり知能は一級だったようで、師であるラッセルも
ついていけない程に己の論理学を発展させていったらしい。

まず前期ヴィトから、目次。

・語りうるものと語りえぬもの
・画像理論

 
まず最初のものから。
・語りうるものと語りえぬもの

結構有名なヴィトのテーゼですね。

見てわかるとおり、文で語れるものと語れないものを分けて
語れないものに関しては沈黙せねばならない、という主張です。

具体的にどういうことか?

ラッセルの「タイプの理論」(どういう理論かは知りませんが)
のような、パラドックスを避けるためだけの論理主義的企ては、
言語で言い表せないものを言語によって語ろうという不可能な
企てであり、タイプ理論が解こうとしたような問題は、
適切な論理的表記法を作り出すことによって解決されると
考えた。

適切な表記法をもって「語りうるものと語りえぬもの」を
考えていけば、哲学や倫理学や宗教において、重要な主張と
考えられてきたもののほとんどすべてが、実際には有意味性の
条件を満たさないがゆえに、無意味な命題になり、実際には
それらは「語りえぬものを語ろう」とする企てであった
ことが、判明すると考えた。

恐ろしいことに実際にこれは、ある程度成功したようで、
ヴィトはだから、哲学を破壊したと言われたりもする。

もちろん、哲学はいちから考え直すことがそのルールなので
あるから、破壊大歓迎なのですけどね。

しかしヴィトにとって、だから語りえぬものが無価値になる
のではない。むしろ語りえぬものこそ、人間にとって真に
重要なものが含まれているのだという。

ただそれについて語ろうとすれば、人間はナンセンスな命題しか
作ることができない、とヴィトは言う。

 
ふーむ、はじめての哲学史からの説明なら、もう少し踏み入った
説明が書けそうだけど、昭和堂ではこれが限界だす。

 
きりがいいのでその2へ。

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